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アメ車 歴史 ダッジ

バイパーを作った男たち アメ車の代名詞ダッジ・バイパー誕生物語

「オレはバイパーを売った。でも思い出はいくらでもここにある」80年代、90年代のクライスラーの開発者 トム・コワルスキー(サングラスがよく似合うおじさん)が語る思い出は尽きません。

イタリア、フィアットとの経営統合のニュースで注目を浴びている米国のクライスラー。その看板スポーツカーといえば、ダッジ・バイパーですよね。アメ車の象徴といってもいいこの車。憧れます。

アメ車の代表の一つ ダッジ バイパー

90年代にデビューしたバイパーは一躍大人気アメリカン・スポーツに。このクルマは彼にとって、クライスラーにとって、そして世界中のファンにとってかけがえのない存在です。

アメ車 歴史 ダッジ

クライスラーの当時の副会長ボブ・ラッツ、開発部長のフランソワ・キャスタインを始めとするデトロイトの自動車産業の生え抜きが総力を結集して、伝説的スポーツクーペのACコブラを凌駕し、アメ車のスポーツの当時最高峰シボレー・コルベットに対抗するべく試行錯誤を重ねて作り上げたのはここで説明するまでもないですが、本人たちの口から語られるとやっぱり説得力がありますねー。

結果的にはそれまでのクライスラーの概念を吹き飛ばす斬新なデザインと性能で大ヒットとなりましたが、コワルスキーたちのアイディアに対しては反発と衝突の連続でした。

目指したのは軽自動車並みの運動性能の車?

でも、この車に命を掛けた男たちの情熱が最後にはアメリカン・スポーツクーペの傑作となって実を結びました。バイパーを設計するにあたって目指していたのが軽自動車並みの運転性能というから驚きです。アクセルペダルの距離、ハンドル、シートの触感、こだわり抜いたうえであの完成度というから納得です。

アメ車 歴史 ダッジ

試作段階で雨の中突っ走ったとか、アツいエピソードが語られていますが、いちばん笑ったのは、バイパーの一番の特徴、サイドに設置されたマフラーならではの話。

フランシスが試作品のバイパーのサイドにもたれ掛かっていたら、なにやらイヤな臭いが、と思ったらモクモク煙が上がって彼の作りたてのアルマーニのスーツが燃えちゃったエピソードですね。忘れられない思い出ですね。

それもこれも笑って話せるのは、やっぱり今のバイパーのアメリカン・スポーツカーの代表としての揺るぎない人気があるからですね。うーん、いつかはこれでアメリカのひたすらまっすぐなハイウェイをドライブしてみたいなあ。

余談ですが、近所のアメ車中古車専門店でバイパーが売っていたことがあるのですが、購入したのはマニュアルを運転したことがない人だったそうです(笑)初のマニュアル車、そしてアメ車がダッジ バイパーって・・・そのぐらい魅力がある車と言うことでもありますよね。

[Source autoblog]

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